横浜赤レンガ倉庫 Yokohama Red Brick Warehouse
横浜赤レンガ倉庫は、明治末期の大蔵省臨時建築部部長妻木頼黄の設計による当時の国の模範倉庫で、一部の建築資材や機器等を海外調達し、最先端の港湾施設実現に向け技術の粋を集めた組積造建築の完成型といえる建物です。関東大震災で2棟のうち1棟が半壊したため大規模な修復を行って利用を継続し、戦禍を生き延び米軍の接収・返還を経て倉庫本来の機能は昭和50年代の後半にほぼ終了しました。本プロジェクトは、明治時代の大建築家妻木頼黄の赤レンガ倉庫を、保存を一歩超えて、積極的に活用して保存していくというものでした。平成5年からの保存工事に続いて平成11年より活用工事プロジェクトが開始され、2002年4月に1号館は劇場・ギャラリーを持つ公共施設、2号館は民間事業による商業施設として生まれ変わり、横浜の新たな文化拠点となっています。私たちは1、2号棟の設計監理と、2号棟の事業提案の時点で3社の企業グループに参画し、最終的に商業施設としてのコンセプトづくりから、内装設計指針、デザインガイドラインの作成まで携わりました。2号棟は、公共団体が民間企業体に倉庫を貸し付け、活用工事から任せており、ある種のPFI方式の保存活用工事といえます。現在、オープン当初の予想を大きく上回り、1号棟では約90%以上の稼働率、2号棟では年間約700万人の人が訪れています。















